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遺言は書いておくべき

枯れた落ち葉が道路脇にカサカサと身を寄せ合うような景色に見慣れた頃、僕の街では初雪を観測する。

今年は例年より早いだの遅いだのと毎年恒例のニュースがテレビやラジオから流れてくるが、どうせすぐに降り積もるのだからどうでもいい。

 

僕はブーツが好きで、毎年ショップにブーツが並び始めるとすぐにお気に入りを見つけ、秋口から毎日のように履き始める。

好きと言ってもコレクターのように集めているわけではなく、ブーツスタイルを好んでいるというだけ。

何足か揃えてローテーションや気分で履き分けたりはしないので、だいたい一足をワンシーズンで履き潰す。

 

今年の相棒はルフレッドバニスターの黒い編み上げブーツだ。

 

雪国暮らしでバニスターのブーツを履いている人はご存じだろうが、バニスターの靴底は滑らないよう加工されていないので、雪道ではツルツルと滑りまくる。

滑って転ぶなんてのは、たいてい地面が凍って氷のようになっているときなのだが、バニスターはどんなふわふわな雪道だろうと足元をスケートリンクのようにしてしまう。

 

嫌いな上司にプレゼントするといい。

休日に尻もちをつきまって尾てい骨に蓄積された痛みは、月曜日にデスクでふんぞり返る上司をじわじわと追い込んでくれるからね。

 

先日、彼女と近くのスーパーで買い物をした帰り、バニスターを履いた僕は例のごとく盛大に足を滑らせた。

荷物を持っていたのでいつもより慎重に歩いていたのにもかかわらず、大きく後ろにのけぞった。

幸いひっくり返りはしなかったが、咄嗟に「ポワァッ!!」と叫んでしまった。

マイケルジャクソンとブルースリーを足して二で割ったような声に彼女は驚いたが、僕の無事を確かめるとひと呼吸置いて遠慮なく笑いはじた。

 

「そんなに笑われるくらいなら、ひっくり返って死んでやればよかった」

 

恥ずかしさを誤魔化そうとひねくれたことを言ったものの、自分でもおかしくなって一緒に笑ってしまった。

 

その時、ふと専門学校の同級生のことを思い出した。

とある冬、酔っぱらって足を滑らしひっくり返り、頭を打って死んでしまったヤツがいた。

 

僕は酔っていなかったが、もし酒を飲んだ帰りだったらイナバウアーを保てずひっくり返っていたかもしれない。

荒川静香なら耐えれたんだろうなぁ~なんて思いながらこの世を去るなんて御免こうむりたい。

 

さて、もし本当に死んでいたら...と考えてみた。

 

例えば、ネットバンクの預金はどうなる?

独身の僕の身辺整理はおそらく親がするのだろうが、通帳のないネットバンクの存在に気づくだろうか。

 

携帯や車なんかは大丈夫だろうけど、huluのような月々支払っている(紙の明細がない)サービスは解約してくれるだろうか?

 

死んだことを誰に報告されるのだろうか?

スマホの電話帳をもう10数年整理してないので、連絡してほしくない人なんかも入ったままなんだが...。

 

なにより家族や友人、恋人などの大切な人に感謝すら伝えられずに死んでしまうのは絶対に嫌だ。

せめて手紙でもいいからきちんと言葉にしたい。

 

そんなことを考えているうちに、一つの結論にたどり着いた。

遺言は書いておくべきだ、と。

 

それにしてもひっくり返って死ななくてよかった。

親がきっと彼女に尋ねると思うんだ。

 

「あいつの最後の言葉...なんだった?」って。

 

彼女はその定番の質問からは逃れられない。

息子の最後を知りたい親心に答えてあげなきゃいけない。

だから彼女は一語一句、正確に再現しなきゃいけないんだ。

 

きっと恥ずかしいだろうな。

だって、最後の言葉って...

 

ポワァッ!!」なんだから。